TheoryMarch 8, 2026|44 min readpublished

繰り返しゲームとしての共同創業者関係: スタートアップ協力はなぜ時間軸の共有に依存するのか

割引率、相互性、家庭制約との重複ゲームから見る、共同創業者が壊れる本当の理由

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G1.U1.P9.Z2.A1
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要旨

共同創業者の破綻は、しばしば性格、相性、信頼、カルチャーといった言葉で説明される。もちろんそれらは重要である。しかし、より深い構造を捉えるには、共同創業者関係を繰り返しゲームとして理解する必要がある。スタートアップでは、同じ2人または少数のプレイヤーが、採用、開発、資金繰り、危機対応、責任分担、意思決定の透明性をめぐって、日々何度も戦略的選択を行う。1回限りの合理性では裏切りや自己防衛が有利に見えても、繰り返しゲームでは、将来を十分重視する限り協力が合理的均衡になりうる。

本稿は、古典的な囚人のジレンマから出発し、割引率 δ が長期協力の成立条件をどのように決めるかを示す。その上で、スタートアップを repeated game として読み替え、共同創業者関係がなぜ単なる信頼論ではなく、時間軸のゲームであるかを論じる。特に重要なのは、共同創業者が会社ゲームだけでなく、家庭、子育て、生活防衛、既存キャリアといった別のゲームにも同時参加している場合である。このとき、個人としては長期志向でも、スタートアップにおける実効的な割引率は低下し、協力均衡は崩れやすくなる。

結論は明確である。優れた共同創業者とは、単に能力が高い人ではない。同じ長期ゲームを共有し、将来価値を強く重視し、外部ゲームに引きずられすぎず、繰り返し協力を合理的に維持できる人である。共同創業者選定の本質は、能力マッチングではなく、繰り返しゲーム適合性の見極めにある。


1. 1回ゲームの合理性と繰り返しゲームの合理性は違う

通常のゲーム理論は、まず1回限りのゲームを扱う。価格競争、単発交渉、1回だけの囚人のジレンマなどがその典型である。各プレイヤーは一度だけ行動を選び、利得を受け取り、ゲームは終了する。そこで重要なのは、その1回の局面で何が合理的かである。

しかし共同創業者関係は、そうではない。共同創業者は、一度意思決定して終わるわけではない。毎日、毎週、毎月、同じ相手と繰り返しゲームを続ける。悪いニュースをいつ共有するか。資金が苦しいときに誰が前に出るか。採用を妥協するか、品質を守るか。深夜の緊急対応を誰が引き受けるか。こうした選択が何百回も積み重なる。

このとき、今日の行動は今日だけの利得を決めるのではなく、明日の信頼、来週の協力、来月の責任配分、来年の会社の生存確率を変える。したがって、共同創業者問題は1回ゲームではなく、履歴依存の繰り返しゲームとして分析すべきである。


2. 囚人のジレンマの基本構造

繰り返しゲームの直感を得るために、標準的な囚人のジレンマを使う。各プレイヤーは2つの行動を持つ。

  • 協力(Cooperate)
  • 裏切り(Defect)

利得の典型例は次の通りである。

自分 \ 相手協力裏切り
協力3, 30, 5
裏切り5, 01, 1

ここでは T = 5 を誘惑利得、R = 3 を相互協力利得、P = 1 を相互裏切り利得、S = 0 を片側協力の損失利得とすると、T > R > P > S が成り立っている。1回だけのゲームであれば、相手が何を選んでも裏切りの方が得なので、合理的な選択は裏切りになる。結果として、1回ゲームの均衡は相互裏切りである。

スタートアップにこの1回ゲームの視点だけを持ち込むと、自己防衛が合理的に見える。情報を温存する、責任を最小化する、リスクを取らない、苦しい局面で可動域を残す、といった行動が局所的には得になりうる。しかしそれは、共同創業者関係を間違った時間軸で切り取っている。


3. 繰り返されると利得構造が変わる

同じゲームが無数に繰り返されると、プレイヤーの総利得は1回の利得ではなく、将来利得の割引和になる。一般には次で書ける。

V_i = \sum_{t=0}^{\infty} \delta^t u_i(a_t) $$

ここで δ は割引率であり、0 < δ < 1 を満たす。δ が大きいほど、プレイヤーは将来を強く重視する。δ が小さいほど、現在の利得や安定を優先する。

囚人のジレンマにおいて、厳しい懲罰戦略を仮定すると、相互協力を続けた場合の価値は、

V_C = 3 + 3\delta + 3\delta^2 + \cdots = \frac{3}{1-\delta} $$
図1. 1回ゲームの裏切り優位と反復協力の成立条件
diagram
ONE-SHOT GAMEDefect dominatesLocal incentive favors self-protectionREPEATED GAMECooperate if δ is highFuture value outruns short-term temptationPAYOFF LANDSCAPECDCD3,30,55,01,1LOW δ PATHtemptation → retaliation → low-payoff trapHIGH δ PATHfuture value sustains reciprocal cooperation

共同創業者関係を1回ゲームとして切り取ると自己防衛が優位になる。時間軸を伸ばし、割引率 `δ` が十分に大きい時、相互協力が高価値の経路へ変わる。

一度だけ裏切って以後は相互裏切りに落ちる場合の価値は、

V_D = 5 + \delta\cdot 1 + \delta^2\cdot 1 + \cdots = 5 + \frac{\delta}{1-\delta} $$

となる。協力が持続する条件は V_C >= V_D であり、これを解くと、

\delta \geq \frac{1}{2} $$

が得られる。より一般には、grim trigger の下で協力が成立する条件は、

\delta \geq \frac{T-R}{T-P} $$

である。この式が重要なのは、協力が道徳ではなく時間軸付き合理性として導かれる点にある。共同創業者が協力できるのは、単に善人だからではない。将来の関係と会社価値が十分に大きく、短期逸脱の得を打ち消すからである。


4. Tit for Tat と相互性の意味

繰り返しゲームで最も有名な戦略の1つが Tit for Tat である。ルールは単純である。

1. 最初は協力する 2. 相手が協力したら協力する 3. 相手が裏切ったら次回は裏切る

この戦略が強いのは、3つの性質を同時に持つからである。第一に、最初から敵対的ではない。第二に、搾取を放置しない。第三に、相手にとって理解しやすい。共同創業者関係でも、人は自然にこの種の相互性を採用する。相手が重い局面を引き受ければ、次は自分も引き受ける。相手が早めにリスクを開示すれば、その透明性を返報する。逆に、相手が何度も情報を隠したり責任を逃れたりすれば、こちらの協力水準は下がる。

ただし現実のスタートアップにはノイズがある。疲弊、家庭事情、認知負荷、メッセージの遅延、健康問題、偶発的なミスが入り込む。そのため、純粋な Tit for Tat だけでは誤報復の連鎖が起きる。実務上の共同創業者関係には、協力ルールだけでなく、修復ルールが必要である。つまり、裏切りと誤差を区別し、対話によってゲームを再協調させるプロトコルが不可欠である。


5. スタートアップは高密度の繰り返しゲームである

スタートアップは、1つの大きな意思決定ではなく、小さな戦略ラウンドの連続である。例えば次のような局面がある。

  • 深夜の開発を誰が引き受けるか
  • 苦しい資金状況で誰が前に立つか
  • 難しい採用を妥協するか、品質を守るか
  • 不都合な真実をいつ共有するか
  • 一時的な貢献の偏りを、長期関係の中でどう扱うか
  • 自分の快適さより会社の信用を優先できるか

これらはすべて、同じ相手と繰り返される。つまり各ラウンドの利得は、単独ではなく履歴と将来の期待によって意味づけられる。信頼は蓄積する。猜疑心も蓄積する。責任感も蓄積する。責任回避も蓄積する。

共同創業者関係が壊れるとき、しばしば人は最後の事件だけを見る。しかし実際には、その前に何十回もの小さな非協力が積み重なっていることが多い。情報共有の遅れ、Ownership の不均衡、つらい週に消える癖、苦しい仕事だけを避ける傾向、成果の上澄みだけを取りに来る姿勢。共同創業者関係は、法的な解消より前に、繰り返しゲームとして先に死ぬ。


6. 共同創業者における協力と非協力の写像

理論を現実に写像するには、協力と非協力を具体化する必要がある。スタートアップ文脈では、協力とは例えば以下である。

  • 恥ずかしい情報でも早く共有する
  • 嫌な責任を先に持つ
  • 目立たないが重要な仕事を引き受ける
  • 自分の都合より会社の信頼を優先する
  • 一時的な不均衡を長期関係の中で許容する

一方、非協力は次のような形で現れる。

  • 問題を高コストになるまで隠す
  • 苦しい Ownership だけ避ける
  • 個人の安全を会社継続性より優先する
  • 毎回の貢献を短期取引としてしか見ない
  • 厳しい局面が来るたびに退出オプションを評価し始める

重要なのは、ここでいう非協力が必ずしも悪意を意味しないことである。繰り返しゲームにおける defection は、単に局所ラウンドを最適化する行動である場合が多い。この区別は本質的である。多くの共同創業者破綻は、人格破綻として語られるが、実際には時間軸のミスマッチで説明した方が正確である。


7. 割引率 `δ` は共同創業者の本質変数である

δ は、未来価値をどれだけ重く見るかを表す。スタートアップの共同創業者は、本質的に高い δ を持つプレイヤーである。なぜなら創業とは、低い給料、生活不安定、キャリアリスク、周囲からの理解不足を受け入れつつ、将来の株式価値、会社成長、社会的インパクト、長期的報酬に賭ける行為だからである。

したがって、共同創業者に必要なのは能力だけではない。今の不安定さより未来の価値を大きく評価できることが必要である。高い δ を持つ人だけが、長期間にわたり協力を合理的に選べる。逆に、どれだけ優秀でも、将来より現在の安定が重い人は、構造的に高リスク創業には向きにくい。

共同創業者 i の総利得は、単純化すると次のように書ける。

U_i = \sum_{t=0}^{\infty} \delta_i^t \bigl[u_i^{\text{startup}}(t) - c_i^{\text{sacrifice}}(t) + q_i^{\text{trust}}(t)\bigr] $$

ここで見ているのは、会社から得られる将来価値、現在の犠牲コスト、関係の信頼資本である。高い δ_i を持つ人にとっては、今月の不快や今週の不均衡より、続く関係と会社価値の方が大きい。だから協力が合理的になる。


8. なぜ有能な共同創業者でも壊れるのか: 重複ゲームの問題

最も難しいケースは、相手が無能だから壊れるのではなく、別のゲームにも同時参加しているために壊れるケースである。例えばある共同創業者が、

1. スタートアップゲーム 2. 家庭ゲーム

の両方を同時にプレイしているとする。スタートアップゲームでは、遠い将来の会社価値が大きい利得を持つ。他方、家庭ゲームでは、生活費、配偶者との調整、子育て、短期の安定、予測可能性が大きい利得を持つ。

すると、その人は人格的には長期志向でも、現実の行動としては短期安定を優先せざるを得ないことがある。つまり、『その人自身の価値観』と『その人が今プレイしているゲーム構造』は別問題である。

これを単純化すると、総利得は次のように書ける。

U_i^{\text{total}} = \sum_{t=0}^{\infty} \delta_i^t \bigl[u_i^{\text{startup}}(t) + \lambda_i u_i^{\text{external}}(t)\bigr] $$

ここで u_i^{external} は家庭、生活、防衛、健康、既存キャリアなど外部ゲームからの利得であり、\lambda_i はその重みである。\lambda_i が大きくなるほど、共同創業者は会社だけのプレイヤーではなくなる。スタートアップ内での選択は、別ゲームの制約によって引っ張られる。

説明上、ここではこの状態をマルチゲーム均衡と呼んでよい。厳密な教科書用語にこだわる必要はない。重要なのは、あるゲームでの均衡が別のゲームにより歪められる、という構造である。問題は能力不足でも忠誠心不足でもなく、どのゲームの利得面が意思決定を支配しているかである。


9. 実効割引率 `δ_eff` という見方

ここで有用なのは、個人の内面的時間軸と、スタートアップ内での実効割引率を分けて考えることである。本人は未来を重視していても、家庭責任、金銭的圧力、健康不安、配偶者の期待などにより、実際の startup game では短期志向的に振る舞わざるを得ないことがある。

直感的なモデルとして、次のように書くことができる。

\delta_i^{eff} = \delta_i \cdot (1 - \phi_i) $$

ここで \phi_i は外部制約による短期圧力を表す。これは厳密定理ではなく、説明のための縮約モデルである。しかし意味は明確である。どれだけ未来志向でも、短期圧力が大きくなれば、startup game の中では δ_eff が下がり、協力継続条件が崩れる。

もし一方の創業者が δ \approx 0.95 で、もう一方が実質 δ_eff \approx 0.35 で行動しているなら、それは単なる戦術 disagreement ではない。両者は違う時間地平に住んでいる。このとき、一方には裏切りや逃避に見える行動が、他方には必要な現実対応に見える。破綻は非合理だから起きるのではなく、協力条件が両者で同時には成り立たなくなるから起きる。


10. 共同創業者探索をどう変えるか

この視点に立つと、共同創業者選定の基準はかなり鋭くなる。問うべきは、『優秀か』だけではない。『不安定で、報われず、説明不能な週が続いても、この人は合理的に協力を選び続けられるか』である。

次に探すべき共同創業者は、少なくとも次の条件を満たす必要がある。

  • 同じ長期ゲームを共有している
  • スタートアップに対する実効割引率 δ_eff が高い
  • 外部ゲームの短期制約が過度に強くない
  • 相互性と修復のルールを共有できる
  • 毎回の局所利得より、関係と会社の継続価値を重く見られる

創業者がよく言う『同じ船に乗れる人』とは、曖昧な情緒表現ではない。ゲーム理論で言えば、同じ時間軸、同じ利得構造、同じ協力条件のもとで repeated game を継続できるプレイヤー、という意味である。


11. 制度設計としての含意

繰り返しゲーム理論は、破綻を説明するだけでなく、協力を保つ制度設計も示唆する。

11.1 ベスティングとコミットメント装置

ベスティングは、短期離脱やフリーライドの利得を下げる。これは不信の表明ではなく、協力均衡を支える payoff design である。誘惑が存在する以上、コミットメント装置は合理的である。

11.2 Ownership の明確化

貢献が観測不能だと、プレイヤーは履歴を都合よく解釈しやすくなる。Ownership が明確であれば、協力と非協力の判定が legible になり、誤解が減る。繰り返しゲームでは、観測可能性は協力維持の基盤である。

11.3 修復プロトコル

現実の創業環境はノイズだらけである。したがって、報復ルールだけでは不十分であり、定例対話、ポストモーテム、負荷の早期申告、失敗の意味づけといった repair protocol が必要になる。報復だけで修復がない系は、誤作動から相互裏切りに落ちやすい。

11.4 ランウェイの確保

会社のランウェイだけでなく、個人のランウェイも重要である。生活の耐久時間が短いと δ_eff は下がる。したがってランウェイの延長は財務管理であると同時に、協力時間軸の保全でもある。

11.5 意思決定儀式

定期的な意思決定レビュー、悪いニュース共有の固定フォーマット、責任引継ぎの可視化は、繰り返しゲームのノイズを減らす。制度は、人間関係の fragile な repeated game を、より壊れにくいものへ変える。


12. 共同創業者の破綻をどう読み直すべきか

繰り返しゲームの観点を取ると、多くの共同創業者ストーリーは別の顔を見せる。問題は必ずしも裏切りではない。しばしば、あるプレイヤーが現在の payoff structure の下では、もう協力を選び続けられなくなっているだけである。その人が弱いのではなく、別の最適化問題を解いている可能性が高い。

この視点は、特に『人としては尊敬できるのに、共同創業者としては成立しなかった』というケースに有効である。人格を責めるより、どのゲームがその人の意思決定を支配していたかを見る方が正確であり、次の選択にも役立つ。

したがって学ぶべきことは、『もっと熱量の高い人を探す』ではない。『自分が作ろうとしている startup game と、実際に同じ repeated game をプレイできる人を探す』である。ここを誤ると、どれだけ能力が高くても、構造的に協力均衡は持続しない。


13. 結論

共同創業者関係は、1回限りの契約でも単発の信頼でもない。それは、犠牲、責任、情報共有、危機対応、意思決定の透明性をめぐって、何百回も繰り返されるゲームである。1回ゲームの論理では自己防衛が有利でも、繰り返しゲームでは、未来が十分に重要であれば協力が合理的になる。

その決定変数が割引率 δ である。将来価値を強く重視するプレイヤーだけが、長い不安定期間にわたり協力を続けられる。しかし現実の共同創業者は、しばしば会社以外のゲームにも参加している。家庭、生活、防衛、既存責任が強くなると、スタートアップにおける実効割引率は低下し、協力条件は崩れる。

ゆえに、共同創業者の本質的な適性は能力だけではない。同じ未来を見て、同じ長期ゲームを共有し、短期的な不均衡に耐えながら repeated game の協力均衡を維持できるかどうかにある。最終的に共同創業者選定とは、会社を信じる人を探すことではない。同じ繰り返しゲームを、最後まで合理的にプレイできる相手を探すことなのである。


参考文献

1. Axelrod, R. (1984). The Evolution of Cooperation. Basic Books. 2. Fudenberg, D., and Maskin, E. (1986). The Folk Theorem in Repeated Games with Discounting or with Incomplete Information. Econometrica. 3. Kreps, D., Milgrom, P., Roberts, J., and Wilson, R. (1982). Rational Cooperation in the Finitely Repeated Prisoners' Dilemma. Journal of Economic Theory. 4. Osborne, M. J., and Rubinstein, A. (1994). A Course in Game Theory. MIT Press. 5. Myerson, R. B. (1991). Game Theory: Analysis of Conflict. Harvard University Press. 6. MARIA OS ゲーム理論・共同創業者協調に関する内部研究ノート (2026).

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